Chemical Sensors

Vol. 13, No. 3 (1997)


Abstracts


環境と化学センサ

多賀 康訓

株式会社豊田中央研究所  理事 特別研究室長

Environment and Chemical Sensors

Yasunori TAGA

Toyota Central Research & Development Laboratories

 人間が地球上に一つの生命体として誕生して以来、今日迄生き続けることが出来たのは地球の巨大な環境保全能力に負うところが大であった。しかし、そのスケールの大きさ故に我々は平素受けている恩恵についてあまり切実に考えたことが無かった。
 一方、18世紀の産業革命に加え、20世紀の科学技術の著しい発展により今日我々は便利で快適な社会生活を享受しているが、反面地球環境には実に多大な負担を強いて来ている。事実、我国で起こった重大な公害病問題や欧州でとくに顕著な酸性雨等は地球が我々に与えている一つの警鐘と考えることができる。
 科学技術の方向を示すキーワードとして多用されているエネルギー、安全、リサイクル、環境等から究極の課題が「人間と環境」に集約されることが判る。つまり我々が地球環境と調和ある発展を志向するためには地球環境システムを理解する必要がある。事実、我々は空気質や水質の微妙なシステムバランスの上に存続している。しかしながら地球環境システムの支配因子は非常に複雑で判りにくく、ここに化学センサの役割が見えてくるのである。さらに、人間と環境との接点に位置する化学センサに対する要求は極めて厳しく且つ難しい。事実、化学センサの対象はppb (part per billion)からppt (part per trillion)と言う超微量物質で且つそれらの高精度検出である。つまり「微量」かつ「高精度」と言う不確定性原理の壁に直面することになる。さらに多種の微量物質の共存下でそれらの識別と分離検出を求められるに至ってはおよそ解の無い連立方程式を解くに等しい。
 化学センサの研究は今日迄材料やセンサプロセスを中心とするハード技術が主流をなして来たし今後もこの方向は変わらない。しかし、このハード技術分野においても新しい考え方を持つ異なった技術者・研究者の参画を積極的に促し、相互の情報交換を行うならば、その境界領域に全く新しいコンセプトの出現が期待できる。一方、化学センサの困難な課題を克服する為には、従来のハード技術に加えコンピュータに代表されるソフト技術を融合させることにより解決への糸口を見出すことが可能となろう。

 あらゆるマスメディアを通して「環境」と言う言葉に接しない日はない。化学センサ研究が人間と環境とをつなぐ技術の先導役を果たしたいものである。





湿度センサ

松口 正信

愛媛大学工学部応用化学科

Humidity Sensors

Masanobu Matsuguchi

Faculty of Engineering, Ehime University
3-Bunkyo-cho, Matsuyama 790, Japan

1.はじめに
 湿度センサに関する1996年後半から1997年前半に発表された論文を、その検出原理、及び材料の種類によって分類しまとめた。


2.電気的検出
2.1 高分子
 初めに、Sakaiらの研究室でこれまでに行われた高分子薄膜を利用した湿度センサ研究をまとめた論文が発表されているので紹介しておく1)。内容については、レビューということもあり割愛させていただく。

 感湿膜への水の吸着による誘電率の変化を利用したいわゆる「電気容量型湿度センサ」については、以下の論文が見られた。Matsuguchiらは、光架橋ポリケイ皮酸ビニルを用いた電気容量型湿度センサについて研究を続けている。今回は、湿度センサ特性に対する種々の極性ガスの妨害現象に対する架橋率と膜厚の効果について検討した2,3)。リジッドな架橋膜中には細孔と呼んでも差し支えないミクロボイドが存在し、架橋率が高くなるほど細孔分布はサイズの小さい方へと移動する。その結果、いわゆる分子ふるい効果により、大きい分子サイズを持つ妨害ガスは膜内に侵入できなくなる。実際、高架橋率の膜を感湿膜として用いれば、エタノール以上の分子サイズを持つ極性ガスの吸着量は激減し、妨害ガス種の影響を抑えることができるようになった。また、妨害ガスの影響を抑えるには最適な膜厚があることも示した。これは、膜が薄すぎると表面への妨害ガス吸着による影響が大きく反映され、厚すぎるとわずかに膜内に吸着したアセトン分子が脱離しにくくなるためだとしている。Ralstonらは、13種類のポリイミド膜を用いた容量型湿度センサについて、85°C/85%RHという高温高湿度下における経時安定性を調べた4)。センサは、ポリイミドの両面をカーボンを複合したポリスルホン電極でサンドイッチした構造を有している。実験結果から、ポリイミドの中でもHQDEA/4-BDAFがもっとも経時安定性にすぐれていることがわかった。ポリイミドセンサは高温高湿度雰囲気下で長時間使用するとイミド環の加水分解反応が起こって劣化するとされている。
HQDEA/4-BDAFが他のポリイミドに比べて安定性に優れている理由は、吸水量が少なく、またイミド環上の窒素原子に負電荷のたまりにくい化学構造をしているためであろうと述べている。
 「電気抵抗型湿度センサ」については、以下の論文が見られた。Oguraらは、ポリ(o-フェニレンジアミン)とポリ(ビニルアルコール)の複合膜からなる湿度センサについて検討した5)。膜の直流伝導度は、湿度を25%から85%RHに変化させたとき、7.2x10-4から1.2x10-1 S cm-1に直線的に変化した。ヒステリシスも見られず、湿度センサとして良い初期特性を示した。その感湿機構は、ポリ(o-フェニレンジアミン)が乾燥状態では絶縁性のbase型になっており、湿度が増すにつれて伝導性のsalt構造に変化するためだと説明している。その他に、Anchisiniらは、ポリジメチルホスファゼンを用いた湿度センサについて報告している6)。並列等価抵抗および並列等価容量が共に100%RHの湿度変化に対して3桁変化することから抵抗型および容量型のどちらにでも使えるとしているが、等価回路の解析を含めてまだこれから検討を重ねて行く必要性を感じた。また、高分子膜とは言えないが、Lukaszewiczらは、フルフリルアルコールをガラス基板上で熱分解させて作製した炭素膜の感湿特性について調べている7)。ただ熱分解させただけでは感度が低かったためNa+をドープしたところ大きな感度が得られた。XPSやIRを用いてその理由を調べた結果、Na+をドープしたことにより炭素膜表面に酸素を含む極性基が導入されたためであることを示した。
(以下省略)




表面プラズモン共鳴現象を用いる計測法に関する最近の話題

橋本 弘樹,浅野 泰一

電気化学計器株式会社 開発本部
〒180 武蔵野市吉祥寺北町4-13-14

Recent Trends in the Development of
Surface Plasmon Resonance (SPR)-based Sensors

Hiroki Hashimoto, Yasukazu Asano

DKK Corporation
Kichijoji-Kitamachi and Musasino 180, Japan

1.はじめに
 最近,新規機能性材料創製のために,これを模倣した人工膜に関する研究が盛んである。従来,機能性膜と測定対象分子との相互作用を解析するためには,一般に平衡透析法やゲルろ過法が使われていた。

 平衡透析法は,透析袋の中に高分子溶液をいれておき,これを低分子溶液を満たした容器にいれると高分子と低分子の複合化反応が進み,この反応が平衡状態に達するのを待って,低分子濃度を測定することにより,両物質間の結合定数などを算出して,両物質間の相互作用を解析する方法である。

 ゲルろ過法は,ゲルろ過カラムを低分子で飽和させておき,これに高分子を流すことにより,遊離してくる低分子を平衡透析法同様に測定する方法である。これらの方法は,何れも簡単であるが,透析膜やゲルろ過カラムを介して平衡反応が進むため,平衡に達する時間が数時間から1昼夜と長い上,多量の試料を必要とし,かつ精度が悪く,リアルタイム計測が出来ないなどの問題点を有していた。

 表面プラズモン共鳴現象は,90余年前に見い出された金属の物性の分野で古くから知られている現象である1)。この現象は,その後50年間,主として物理化学的な研究手段として使われてきた。計測の簡便化や迅速化が要望されるようになった1960年代から,化学センサ−としての応用研究が盛んになり2),これらの研究成果を踏まえて,1991年にファルマシアより,標識を用いることなく,生体分子の相互作用を直接,リアルタイムに測定することの出来るバイオセンサ−「BIAcore」として製品化された。この機器は,上に述べた機能性膜と分子の相互作用を計る上で,従来法の持つ欠点が光学的技術を用いて改良されており,しかも反応速度定数,濃度,結合形態,複合体形成様式,反応特異性等を短時間に測定出来るため,基礎医学,生化学薬品化学などの分野で新しい情報を得ることの出来る機器として全世界に関心を集め,急速に普及しつつある。また,我が国でもSPRを計測に応用仕様とする試みは比較的早くから行われており,ハ−ド面では河田
3)が,また自作の装置による免疫計測への応用という点では塩川ら4)がこの分野の先駆者である。
 BIAcoreは,笠井によって半年をかけて客観的な評価が加えられて「簡単ながら分子レベルの生命科学研究にとって生化学,分子生物学を大いに推進するに違いない新規測定技術」として高く評価されたこともあって5),生化学などの関連分野で日常的な研究ツ−ルとして多く利用されている。その後,5年余が経過,この間,我が国における物理化学的基礎研究成果を踏まえて国産品等も製品化され,安価で自由度の多い研究支援機器なども登場,新しいオプチカルセンシング技術として分析化学,化学計測,材料科学,生化学,薬品科学,医療計測などの分野で多彩な展開が図られている。

 本稿では,生体膜評価装置としての情報は別の資料に譲るとして6)光学式化学センサ−化へ発展がの期待されるSPRを応用する計測技術に関して,化学センサ−という観点から基礎検討結果なども報告され始めているので7),我が国の学会における最新の情報を中心に,身近な話題を紹介したい。本稿が,化学センサ−化への関心を呼んで化学センサ−のさらなる発展への一助になれば幸いである。




活性阻害型バイオセンサー

立間 徹

東京農工大学工学部
〒184 東京都小金井市中町2-24-16

Interference-Based Biosensors

Tetsu Tatsuma

Tokyo University of Agriculture and Technology
Naka-cho, Koganei, Tokyo 184, Japan

Interference-based biosensors are useful tools for the determination of toxins and other biologically important substances. Their principle and characteristics are described. Reagentless cyanide sensors, sensors for cyanogenic glycosides, a sensor for imidazole derivatives, and an electrochemical/piezoelectric dual response sensor for imidazole derivatives are reviewed as interference-based biosensors.

1.はじめに
 これまで、毒物センサーとして最も信頼されてきたのは生物自体であろう。時代劇の毒味役、推理小説の熱帯魚、鉱山のカナリアなどを思い浮かべればおわかりいただけると思う。毒見は現代では倫理的に許されないが、熱帯魚やカナリアの優れている点は、あらゆる毒や、酸欠にも応答し、人間より感度が高く(人間より低濃度で致命的状態になる)、応答が明確なこと(熱帯魚は腹から浮かび、カナリアは止まり木から落ちる)である。しかし一方、生物をセンサーとして用いる場合には、毒物の特定(定性分析)や濃度の決定(定量分析)は難しい。また、遅効性毒物の検出には向かず、個体差もあり、維持に手間がかかるうえ、たとえ人間以外の動物でも倫理的には推奨できない、といった問題もある。これらの欠点を解決するには、酵素電極など、人工のバイオセンサーを用いるのが適当であろう。

 酵素電極は、用いた酵素の基質だけでなく、その活性を高めたり阻害したりする物質の計測も可能である1)。生物の呼吸において本質的役割を果たす酵素チトクロームオキシダーゼを酸素センサーに用いれば、その酸素に対する還元電流応答は、シアン化水素や一酸化炭素、硫化水素などの毒ガスにより阻害されるため、これらの検出に利用することができる2)。このような活性阻害型バイオセンサーの原理は、毒物による生体の中毒作用の原理と同じであるため、信頼性が高い。しかしこれまでは、阻害剤を原理的に検出できるというだけで、必ずしも実用的ではなく、その発展性についてもあまり検討されてこなかった。ここでは、実用性を高めるための方策のほか、測定濃度領域の制御や、異なる酵素との組み合わせによる測定対象の多様化、選択性を低下させることによる測定対象の多様化、デュアルトランスダクションシステムの導入による定性・定量同時分析、二成分同時分析など、活性阻害型バイオセンサーの特性とその応用について、筆者の研究を中心に解説したい。





国際会議レポート

(97年6月16〜19日 於 Hyatt Regency Hotel, Chicago, USA)

長崎大学工学部        江 頭   誠
九州大学総合理工学研究科   酒 井   剛
(株)日立製作所中央研究所  宮 原 裕 二
NTT 入出力システム研究所   飯 橋 真 輔
埼玉大学工学部        勝 部 昭 明
九州大学総合理工学研究科   三 浦 則 雄
立命館大学理工学部      玉 置   純
東京工業大学工学部      石 田   寛


Conference Report. The 9th International Conference on Solid-State Sensors and Actuators
(Transducers '97)

 標記の国際会議が,ミシガン大学のK. D. Wise教授を組織委員長とし,米国第2の都市であるシカゴ市のHyatt Regency Hotelを会場とし,1997年6月16-19日の4日間の会期で開催された。講演件数は,Plenary 3件,招待講演12件,口頭発表192件,ポスター講演151件の計358件であった。他に,Late Newsとして口頭4件,ポスター12件の発表もあった。主催者側の発表によれば,全部で約640件の講演申込があり,採択率は54%であったとのことである。採択された一般講演発表の国籍は25ヶ国に及び,地域別ではアジア・オセアニア79件,北米129件,欧州134件であった。このうち化学センサー関係は全体の1/3程度に過ぎず,例年になく絞りこまれた感がある。採択率でみても恐らく50 %に満たなかったのではなかろうか。本国際会議は電気学会分野の人間が主にその主催に当たっているのでやむを得ない面もあるが,本化学センサ研究会会員の参加者も例年に比べて少なく,いささか寂しい思いを抱いた次第である。審査の内情を後で聞いたところによれば,論文審査委員に化学センサ関係の人が少なく,努力の甲斐なく最終的には物理センサ関係者に押し切られてしまったとのことである。採択率を何故そこまで絞り込まなければならないのか,私としては疑問を感じる次第である。なお,参加者数は,事前登録者が約850名,当日登録も含めると1100名近くに達したようである。
以下省略


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