Chemical Sensors
Vol. 1, No. 2 (1985)
Abstracts
発明家につける薬
千葉 瑛
化学センサ研究会副会長
もう20年近くにもなるだろうか、半導体ガスセンサの発明者、田口尚義(現フィガロ技研会長)は電気試験所の室長をなさっていた菊池誠さん(現ソニー中研所長)にお会いしたことがある。当時、田口は失業中の身でガスセンサの発明をこころざしてはいたが、金なし、知識なし、協力者なし、ただあるのは意気込みと持ち前の動物的直感のみと言う状態で、夜昼なしに研究をつづけていた。
最初は高校の化学実習の記憶を手がかりに、酸化銅が還元炎で金属に還元する現象、つまり金属の酸化、還元による電気伝導度を利用してのガスセンサと言うアイデアから出発はしたが、いつのまにか自分でも気がつかないままに半導体の分野に迷い込み、執念とは恐ろしいもので、それなりにガスセンサらしきものが出来つつあった。しかしこのセンサはガスには感じるものの、数日で感度がなくなったり、機械的にこわれやすかったりで、実用にはほど遠いものであった。特に電極には苦労をしていたようで、金の粉末を金属酸化物チップの両端に圧着させたり、導電ガラスやシルバーペイントを試みたり、色々やってはいたが、いずれもポロシティーに富んだチップとのなじみが悪く、何をやってもうまくいかなかったようである。
研究が行きづまった時、田口がよりどころにしていたのは菊池さんのお書きになった“半導体”や、“半導体の理論と応用”などであった。菊池さんの本は半導体のアカデミックな知識を巧みな例え話などを用いて平易に表現してあるため、大阪工大機械科出身、つまり半導体門外漢の田口にも理解し易かったこともあるが、10年にわたるトランジスタ発明の際の着想と失敗の連続の経験から、創造的な研究活動において失敗がいかに大切かと言うことを説いた、「ショクレーの失敗の物理学」の一節だとか、「猫のひげトランジスター」の発明が絶縁層に接触させたつもりの電極が実は直接固体表面に接触していた為に実った、例の「幸運な失敗(ラッキーミステイク)」の物語など、発明をなしとげた研究者たちがたどった生みの苦しみと彼らの超人的な執念に共感と勇気づけを得られたからである。
このようなことから著者の菊池さんに一度お会いして話を聞いてもらいたいということになったようである。田口には、いったんなにごとかを始めると、めくら蛇になってしまうところがあって、当時国立の研究所にいらした菊池さんは、彼がたやすく口など利けない遠い存在のひとではあったが、用があって東京の消防庁に出かけた際、突然思いたって消防庁に行くのはやめて菊池さんのところに押しかけることとなったのである。勿論面識などないし、つてもない、いろんなところに電話をかけまくり、とうとう会えることとなった。その時、菊池さんは、随分長い時間、田口の話を聞いてくださり、いろんな話をしていただいたようである。専門的なことは彼にとってよく理解出来なかったかと思うのだが、その中で彼の心の中に残っているのが
「半導体の開発は大変だということだけは覚えておきなさい。ただしあなたがやっていることはすごく面白い。だから頑張りなさい。」
というはげましの言葉であった。良い薬は長く効くと言いますが、この言葉はその後何年間もの彼の苦しい研究生活の大きな支えになったようである。
菊池さんと別れたあと、田口は帰りの電車の中で自然と自分の顔がニヤニヤして、自分ながら具合が悪かったそうである。
私は発明家でも研究者でもない一介の中小企業のオヤジではあるが、田口がガスセンサを発明するに至る姿を見、また若い社員の研究活動を毎日のように観察していて、新しい技術を生み出すことの困難さと苦しみがよく理解出来るようになった。
この困難と苦しみを克服出来るのは、研究者自身から湧き出す執念と長期に自らをふるいたたせ得るエネルギーの強さなのでしょうが、それとともに「はげまし」が何よりもまして良いお薬になるようである。百度の「説教」よりも一度の「はげまし」。
みなさんもお試しになってはいかがでしょうか。
ガスセンサ
-可燃性ガスセンサ-
山添 f
九州大学総合理工
はじめに
ガスセンサについてのレビューは3部に分けられ、本稿では可燃性ガス(CO、アルコールを含む)関連のセンサを対象とする。可燃性ガスであってもH2S、NH3、フロン、シラン等はガスセンサVで述べられる予定である。ここでは、可燃性ガスを1)都市ガス、LPガス、2)H2、3)CO、4)アルコール、5)その他に分けて紹介する。多くのガスセンサは複数のガスに応答し、特に研究段階では種々のガスがテストされている場合が多く、上記の分類ではやや苦しいこともある。そのような場合には主たる対象ガスで分類した。
ガスセンサに関するレビューは最近数多く出されている。そのうちの幾つかをあげておくので参考にされたい。
イオンセンサ
梅澤 喜夫・菅原 正雄・片岡 正光
北大理
イオンセンサーの1983、1984年の進歩について、固体膜型イオン選択性電極(ISE)、液膜型ISE、それにいわゆる化学修飾電極などの項目を選び各々の研究動向を概観する。
リーン空燃比センサ
五十嵐伊勢美・武内 隆
豊田中央研究所
はじめに
自動車の排気浄化用に酸素センサが実用化されたのは、7年前のことである。その後、排気浄化に加え、燃費改善の要求が強くなり、酸素センサに対しても、空気が多く、燃料が少ない、いわゆる“リーン空燃比”を検出できるものが求められるようになってきた。数年程前から、このようなニーズに応じて、リーン空燃比センサの開発が各所で進められ、昨春、実用化されるに至った。ここでは、このセンサを利用した希薄燃焼システムの概要とセンサ開発の現状を概観する。
PACCHEM '84
(1984年12月16〜21日 ハワイ・ホノルル)
山内 繁
東京大学工学部
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