Chemical Sensors
Vol. 1, No. 1 (1985)
Abstracts
化学センサ研究会発足にあたって
塩川 二朗
化学センサ研究会会長
“センサ研究懇談会”が清山哲郎九州大学名誉教授の提唱により電気化学協会に設立されたのは1977年のことであります。思い起こせば、当時は“化学センサ”という言葉さえまだ一般的には使われておりませんでした。しかし多くの方々の熱心な活動により数多くの研究会と研究発表会を積み重ね、研究懇談会の基盤はしだいに強化され、「化学センサ」(講談社、1982. 3)を出版するに至り、“化学センサ”の概念を広める重要な役割を果たしました。この間センサ技術の進展は著しく、化学センサの研究基盤も世界的な広がりを示しておりました。こうした趨勢をとらえて開かれたのが“化学センサ国際会議”(International Meeting on Chemical Sensors)(福岡、1983)であります。この会議は化学センサに関する初めての国際会議であり、はからずもこれを主催した我が国が、化学センサの研究・開発において世界をリードする立場にあることを内外に示すことになりました。
一方、化学センサへの期待は益々つのるばかりであり、関連研究・技術者が広く交流できる場が強く求められております。そこで設立以来このかた、清山哲郎教授を主査に化学センサ研究の基盤づくりをしてきたセンサ研究懇談会は、当初の目的を充分に果たし得たと判断し、これを“化学センサ研究会”に改組拡充して、専門委員会として新しいスタートをすることになりました。それにともない私が化学センサ研究会会長の任をお引受けすることになった次第であります。清山教授が蒔かれた化学センサの種を、大切に育て実らせる責任を痛感しております。
ところで昨今の急速なセンサ技術の進展の中で、半導体微細加工技術をベースとした微小化、集積化センサの出現に目を見張るものがあります。しかしひるがえってみると、化学センサには測定対象物質を選択的に識別する部分があり、その設計と構築が思うにまかせず、益々増大する社会的、産業的ニーズに応えきれずにいる状態であるといわざるをえません。例えば代表的な化学センサであるガスセンサにしても、実用化されているものはかなり限られており、今後の研究・開発に多大の期待が寄せられています。いわゆる物理センサに比べて化学センサの研究・開発が難しい点は、測定対象物質とセンシング材料との相互作用を考慮して材料設計しなければならないことでしょう。これまでは往々にして出来合いの材料をセンサ材料に利用する便法が取られることが多かったわけですが、これからはセンサのための材料設計が独自に行われなければ、新しい化学センサの開発は困難になると思われます。さらにデバイス化技術、信号処理技術などを始めセンサ技術を支える基盤技術が広がり、化学センサの研究・開発が益々総合科学的要素を濃厚にしております。
かかる状況に対処し得るように、化学センサ研究者・技術者の交流と情報交換をスムーズに行える化学センサ研究会を実現させたいと思っております。化学センサだけの研究組織は世界的にも他に例がありません。会員諸賢の益々の御活躍により、世界に先駆けた化学センサの研究・開発が今後もこの研究会を中心に進展することを願っております。
化学センサ研究会に期待する
清山 哲郎
九州大学名誉教授
数年前からセンサ時代の到来と呼ばれていたのが今や実感をもって響くようになった。化学センサという語はわれわれの造語であり、昨1983年の国際会議の名称としてうたったのであるが、すでに世界的に定着したようである。
化学センサの研究開発もこの二、三年とみに弾みがついてきた。センサは単品として使用されるよりは、パーッとして色んな物に組み込まれることが多いために一般の人の認識はまだ薄いが着実に現代の社会と産業に浸透しつつあることは御同慶にたえない。若干例をあげると、わが邦の半導体ガスセンサの生産個数は1983年に500万個を超えたが尚増加する勢いにある。酸素センサは自動車用のものが'84年の生産は400万個を超すと予想される。湿度センサも明確ではないがセラミック系で約100万個、有機薄膜型で約60万個といわれている。これらが一つのセンサシステムに組み立てられるか、あるいは空調機や自動車等の電子制御システムの一部として組み込まれる訳であるからこれらの数字は金額的にも相当の実勢をもった新しい産業分野が確立されつつあることを意味する。化学センサも正に揺籃期を過ぎて成長期に入ったといえる。
ところで化学センサの研究開発について日本と欧米を比べると、日本は現実指向型であり、欧米は将来指向型である。センサの開発、製品化は日本の方が進んでおり、欧米は立ち遅れているようである。この点工業化の技術となると日本は強いという最近の一般的傾向がここにもあらわれている感じがする。その影響かどうか最近の日本の研究開発はすでに実用化された原理、方式、技術の線上にあるものか、それにつながりのあるものが多い。たとえばジルコニア酸素センサのリーンバーンセンサへの改変、SnO2系センサの燃焼センサへの改質とか、いうなれば現実指向的であり、すぐ具体化できそうなものが多い。このことは日本の成熟を示すものではあるが、一方においてワンパターンで一面的にもなってきている。又、新しい原理、手法といった開拓的なテーマは現実的でないと頭からきめて手を出さないという傾向ともなっている。(もともと半導体センサにしても当初は非現実だと批判されたのであるが)その点欧米では基礎的、原理的な研究、新しい方式の提起、あるいはFET型をはじめとするマイクロ化、インテリジェント化への努力等日本に比べると将来指向型であり、アプローチが多面的である。この傾向の違いはハワイにおける化学センサシンポジウムの彼我の題目を見ても明らかである。十分留意すべきことであろう。
さて、この研究会に何を期待するかであるが、当たり障りのない通り一ぺんのことを書いても得る所がないと思うので少し大胆にまた具体的に私の希望をあげさせてもらう。
1.特定センサの共同研究開発組織(技術委員会よりは研究組合に近いもの)を設けるこ と
今後の開発が望ましいが難しくもある特定のセンサについては、関連企業が集まって研究組合的なものをつくり協力して推進することが望ましい。センサのマイクロ化やインテリジェント化については米国ではワークショップをつくって推進しており、又研究用のFETの供給もなされている。日本でも、化学系の会社と電気系の会社とでそれぞれ得意の分野があり、特定のセンサについては研究会の中にチームをつくり協同して推進し、メリットも分け合うことをやらないと将来欧米に先を越されて圧倒されるおそれがある。
2.若手の勉強会をもつこと
化学センサはいうまでもなく材料、電気化学、エレクトロニクス、計測、微細加工など諸々の科学技術の複合の上に成り立つ。その意味で、センサの原理的な面から技術的な面まで関連の諸科学技術が十分身についていることが肝要である。これからをになう35才以下の若手の方々が自主的にお膳立てして夏休みにでも二、三日の勉強会でもミッチリやることが望ましい。
3.国際ジャーナルの発行
現在はセンサ全般をカバーするSensor & Actuatorsが出ているが、できれば化学センサだけの国際ジャーナルを日本で刊行することが望ましい。しかし、すでにその時期を失した感があり、実現は難しいと思われる。最近は前述のように欧米で研究開発が多彩かつ盛んになっており、日本の優位性はもはや失われてきているからである。
以上ではあるが、この他私は化学センサに関する英文の単行本の出版企画を暖めている。まとまった成書は難しいが、reviewあるいはtopicsを集めたものは可能であろう。私はできればこの仕事をやってみたいと考えており、その際には研究会の方々の御協力を得たいと考えている。
以上勝手なことを書き連ねた。少しでも御理解いただけらば幸いである。
湿度センサ
荒井 弘通・清水 康博
九州大学総合理工
はじめに
湿度センサの研究開発は、我国の高温多湿な環境を反映してか、特に日本で盛んに行われている。1983年9月に開催された“International Meeting on Chemical Sensors”の講演発表でも14件のうち12件は日本からの発表であった。1983年6月大工試が行った化学センサのニーズに関する調査研究の結果を参考にすると、湿度センサはガス・湿度センサの分野で3番目に要請の強い化学センサに挙げられている。このことは、1983年9月以後の研究論文12件、総説等6件、特許54件という数字にも表れている。ここでは第3回センサシンポジウムでの発表内容も含めて、湿度センサの研究動向をまとめる。
バイオセンサ
相澤 益男
筑波大学物質工学系
はじめに
1983年9月に、第1回International Meeting on Chemical Sensorsが福岡で開かれ、化学センサ研究の重要な節目となった。バイオセンサの研究報告も数多く、世界の研究動向をうかがい知る好機でもあった。1984年3月には、成書「バイオセンサ」が刊行された。バイオセンサだけについてまとめられた初めての成書でもある。このような状況はバイオセンサの研究が底辺を拡げ幅広く活発に進められていることを反映している。ここでは1983年以降の研究報告を中心に、バイオセンサの研究動向をまとめる。
鮮度センサ
軽部 征夫
東京工業大学資源化学研究所
最近いろいろな分野で化学センサーが利用されるようになり、化学物質のオンライン計測が可能になっている。各種の化学センサーが開発されているが、生体関連化学物質などを測定するセンサーはバイオセンサーと呼ばれており。生体の巧みな分子識能を利用したセンサーである。すでに酵素センサー、微生物センサー、免疫センサーなどのバイオセンサーが開発され、その一部は工業プロセスあるいは医療分野に応用されている。これらのセンサーはいずれも単一の化学物質を測定する目的で開発されたものである。しかし複数の化学物質を計測できるセンサーが開発されればいろいろな分野へ応用が可能であり、バイオセンサーの応用範囲が著しく拡大すると考えられる。このゆなセンサーをここでは多機能バイオセンサーと呼ぶことにする。最近食品評価や食品製造プロセスの管理上から生鮮魚介類の鮮度の迅速な測定が要望されている。すでに鮮度の指標として揮発性の塩基性窒素量、アンモニア量、アミン量、揮発酸量、pH、筋肉の緩衝能などが提案されているが、いずれも測定の際に煩雑な操作と時間を要し、これらの測定値は必ずしも実際の鮮度とは一致しないことが知られている。アデノシン三リン酸(ATP)関連化合物は魚肉筋肉中で死後尿酸にまで分解される(図1(略))。この分解過程で生成する各種核酸関連化合物の濃度比が鮮度指標として優れていることが知られている。すなわち水産業界では核酸関連化合物の総量に対するヒポキサンチンとイノシンの量の和を吸光度で表したk値が魚肉あるいは貝類の鮮度指標として用いられている。しかし実際には魚肉中のATP、アデノシン-二リン酸(ADP)、アデノシン-5'-リン酸(AMP)は死後24時間以内にすみやかに分解されてしまう。したがって通常の流通経路を経て入手される魚肉中ではこれらの化合物がほとんど存在しないことがわかった。すなわち魚肉中にはイノシン-5'-リン酸(IMP)、イノシン(HxR)、ヒポキサンチン(Hx)しか存在しないことが見いだされた。そこで筆者らは新しい鮮度指標として次に示すKI値を提案するにいたった。
KI=[(HxR)+(Hx)]/[(IMP)+(HxR)+(Hx)]×100
そこでイノシン-5'-リン酸、ヒポキサンチンの濃度を測定すれば、上式を用いて容易にKI値を算出できると考えられる。そこで魚肉中のこれらの核酸関連化合物をそれぞれ計測する複合酵素膜を用いる酵素センサーを製作し、その特性について検討することにした。
第4回「センサの基礎と応用シンポジウム」
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第3回化学センサ研究発表会
山内 繁
東京大学工学部
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